虚空の翼

◆2話 ◆

うつつにうつるはまぼろしの
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吐月館
 
平太  「お屋敷には何人いらっしゃるんですか?」

WC  共由は、廊下のカートにおいた皿を、中に運びながら答える。

共由  「5人です。御前と、詠歌さん、それから、御前の弟さんの蒼次郎さんと、詠歌さんの旦那さんのミハエル君、そして、僕です。」

平太  「…ちなみに、部屋割りってどうなっていますか?」

共由  「…部屋割りですか? 
僕以外は、皆、2階です。詠歌さんとミハエル君は同室で。」

平太  「あ、すいません…ぶしつけな質問しました。」

共由  「いいえ。」

平太  「入り口で迎えてくださったのが、ミハエルさんですか?」

共由  「そうです。金髪の。」

サヤ  「3階は誰もお住まいじゃないんですか?」

共由  「3階は、紅簾の間がありますし。」

WC  テーブルに料理が並ぶ。

共由  「どうぞ、食べてください。」

平太  「いただきます!」

サヤ  「いただきます。」

共由  「お話は食事しながらでも良いですしね。」

サヤ  あ、リキにはドッグフードあげますね。

リキ  「ばう!」

平太  「じゃあ、あと会ってないのは、蒼次郎さんって方だけか。」

サヤ  「そだね。」

共由  「蒼次郎さんに会いたいのなら、後で3階のサンルームに行ってみましょうか?」

平太  「ちょっと、聞きたいこともあるし…さやねぇ行ってみる?」

サヤ  「うん。ご迷惑にならない程度に。」

共由  「はは。そうですね。 
じゃあ、一応、紅簾の間について簡単に説明しておいた方が良いですね。」

WC  と、共由が語るところによれば。 
この吐月館、というより、吐月に関わる者は、法的な手続きなどの全てを3階にある『紅簾の間』にて行わねばならないのだそうだ。

平太  「うーん…よくわからない。」

WC  鍵を渡せないのもそういうことで、鍵の譲渡は、紅簾の間で行わねばならないにも関わらず、ちょうど今、詳しくは明かせない「官僚」が、柏陽にご意見伺いと調停のお願いに来ているらしい。

サヤ  「なるほど…。」

平太  「そういうことか…。」

WC  つまり、彼らが帰るまで紅簾の間は使えず、したがって鍵も渡せない、ということだ。

サヤ  「執務室みたいな場所と考えればいいのかな。」

共由  「そうですね。…ただ、吐月の場合は、一般的な執務室より、ちょっと行き過ぎてるんですけどね。」

WC  と、苦笑い。

共由  「例えば、そうですね。」

WC  と、話してくれるのは、吐月家の家訓だ。

三条

吐月の名の下に発生するあらゆる利権の法的な移譲における手続きは、吐月館に設けられた「紅簾の間」にて行うこと。
この他で行われたあらゆる手続きは、国家によって保護された法的な承認を備えたものであったとしても、仮の履行とし、紅簾の間における手続きの下位としてのみ履行される。

補)紅簾の間における手続きが実効性を持つ条件として以下の項目が必須となる。     
・手続きに対し、吐月家当主の花押による承認が存在すること。     
・当主が上記の義務を果たし得ない場合、訓二条によって吐月館居住を認められ、また、同館に、手続きの当日より連続して30日間の居住を行って居る者2名以上の承認と署名をもって、当主の花押に代えることが出来る。     

上記の花押、または署名は、手続きの当日に、紅簾の間にて記されたものでない限り、これに実効性を認めない。
この承認のため、当主による花押には、1名以上の立ち会いが必要となる。

四条四項

吐月館の居住者は、同館を不明瞭なる理由で離れた者が同館へ居住する権利を、訓三条に記されたる正当な手続きの下に剥奪することが出来る。

補)家屋の焼失・倒壊等により、同館「紅簾の間」への立ち入りが不可能な場合、訓二条によって吐月館居住を認められた者、乃至、当館敷地内に生存したる全ての者を、「居住者」と認める。
また、当館敷地内でとられる手続きを、「紅簾の間」によってとられるそれと見なす。

共由  「などなど…つまり、この家の人間は、紅簾の間っていう王権を巡るパワーゲームを強いられるんです。 
それと言うのも…」

十二条二項

吐月家に属する全動産・不動産の相続権は、吐月館居住の権利と共にのみ発生し、吐月館を離れ、かつ、吐月家に属する動産・不動産の寸毫であっても個人的に所有する者を認めない。 

補)訓五条一項に従い、吐月の名の下に発生するあらゆる利権・収入の全ては吐月館居住者にのみ与えられる。
従って、吐月館居住者が、同館の他に居を移す場合、吐月の名の下に発生するあらゆる権利を剥奪し、また、その居住によって発生した全権益のうち、以下に明示された部分の払い戻しを義務づけられる。 
(以下に、居住年数、その立場などに因って細々と分けられた金額表が続く。
ただしいずれも一千万円以下ではない。ものによっては億できかないほどになる。)

共由  「こんな項目があるからで。」

サヤ  「……。」

共由  「…大丈夫ですか? ついてこれてます?」

サヤ  「えっと、いや、なんとなく。」

平太  「鳴海さんも吐月館居住になるんですか?」

共由  「なりますね。」

サヤ  「でも、このお屋敷になぜそれほど固執するんですか?  
何か理由があるんですか?『ここ』でなければならない理由…。」

共由  「うーん…それは僕にはなんとも…」

サヤ  「そですよね〜。でも代々受け継いできたわけですよね。」

共由  「そうですね。」

サヤ  「すごいな〜。」

共由  「ですから、たとえ御前であっても、覆せないんです。
御前を疎ましく思う者が、御前の権利を奪うこともできる。 御前は、紅簾の間という王権に手を掛けているだけで、王権そのものではないんです。」

平太  「うーん…外の俺たちまで巻き込まなくてもいいのに…」

共由  「吐月の力が巻き込んでいるのは、この家だけではないですよ。
傘下の企業。数千人の従業員。政治の場でも、大きな声ではいえない影響が…」

平太  「うへー…」

共由  「と、つまらない話でしたね。」

平太  「いえいえ…。」

サヤ  「とても興味深い話でした。」

平太  「そうなった経緯がなんかあるんでしょうね、きっと。」

共由  「そうでしょうね。…食事はお口に合いましたか?」

平太  「はい、ごちそうさまでした。」

WC  と、食器を片付けながら共由が笑う。

共由  「有難うございます。 では、少し食休みをして、アトリエと、サンルームをまわってみましょうか。」

WC  と、出て行く。

サヤ  「なんだか、この屋敷に呪いでもかかってるみたいだね。」

平太  「うん…そだね、まさにそんな感じ。今回の魔女の殺し合いにも似てない?」

サヤ  「似てる?…かな。」

WC  と、ドアがノックされる。

平太  「はい。」

WC  共由が入ってきて。

共由  「お待たせしました。まずは、アトリエに行きましょうか。ミハエル君とは、ちゃんと紹介しあってないでしょう?」

平太  「はい、行きます。」

共由  「アトリエなら見ていて飽きませんし、ちょうど良いですよ。」

サヤ  「はい、お願いします。」 

 
WC  同じ2階で場所を変え、アトリエに。

ノックした共由に続いて中に入ると、玄関で会った金髪の青年がカメラを構えている。 
内部は全体に薄暗く、レフ板や紗幕が何枚も垂れ下がっている。 被写体は、人形だろうか。 
美しいドールが、羅紗の上に組み上げた刃の山に、磔になるかのような構図に配置されている。

サヤ  「おじゃまします。」

金髪の男性  「ん?」

平太  「…」

金髪の男性  「ああ、さっきの。」

サヤ  「先ほどはどうも。」

ミハエル  「やっぱり待たされてるんですね。ミハエル・スカーレット・吐月です。よろしく。」

サヤ  「あらためまして、川原です。」

平太  「大門平太です。」

ミハエル  「さっきも思いましたけど、きれいな人ですね、Lady。 …君も、ラッキーだね。ダイモン君。」

平太  「へ?」

サヤ  「いえいえ、とんでもないです…。」

ミハエル  「おや? 邪推したかな?」

平太  「え? なに? どういうこと? さやねぇ?」

ミハエル  「コイビトではないの?」

平太  「いやいやいや…」

サヤ  「あの、私の甥です。」

ミハエル  「ああ、家族なんだ。なるほど。」

平太  「そです、甥です甥。」

ミハエル  「でもそれだと、逆に残念だね、ダイモン君。」

平太  「いやいやいや。」

ミハエル  「ははは。からかって悪かった。僕はまだちょっと仕事したいんだ。隣に、ギャラリーがあるからそっちで時間をつぶしてくれる?」

WC  と、あごをしゃくる。アトリエの奥半分、仕切りの向こう側が、彼の言う「ギャラリー」のようだ。

平太  「あ、はい。」

WC  ミハエルは、そのままカメラに向う。

サヤ  じゃ、ギャラリーへ。

WC  ギャラリーは、窓側の、採光が抑えられた部屋だ。何枚ものフォトが、壁に掛けられている。

平太  「ミハエルさんはカメラマンか何かですか? 鳴海さん。」

共由  「そうです。見ればわかると思いますけど、こう、暗く綺麗な表現をする感じの。」

平太  「ふーん…」

WC  フォトは、ドールやゴシックな建物・少女などを退廃的な空気の中に収めた、アート色が強いものばかりだ。

サヤ  「へ〜。でもカメラマンだったら、遠出する事も多いでしょう?」

共由  「いえ、外出はしませんね。」

平太  「十二条二項が適用されちゃう?」

共由  「その通りです。正確には、作風を変えて、外出をしなくて良いようにした、のかもしれません。」

サヤ  「それもあるかもね〜。」

平太  「やだな〜。」

共由  「しばらく前の彼は、もっと健康的な、悪く言えば田舎風の写真を取っていました。
僕はそっちの方が好きでしたね。評価はされてなかったみたいですけど。」

平太  「そなんだ…。」

サヤ  「全然、外出できない訳じゃないですよね?」

共由  「そうです。1日や2日なら問題ないですね。後は…駆け引き…次第ですね。」

平太  「…大変ですね…」

共由  「ミハエル君には詠歌さんがいますから、そう簡単には。」

サヤ  「いや、なんかご結婚された2人はどこでお知り合いになったのかな? なんて無粋なこと考えちゃいました。」

共由  「詠歌さんは、芸術の方にも顔が広いんですよ。」

サヤ  「へ〜、そうなんですか。」

共由  「くすぶっていたミハエル君の才能を見出して、世に出したのも詠歌さんです。それがきっかけみたいですね。」

サヤ  「なるほど…。」

WC  と、ミハエルが顔を出す。

ミハエル  「どうです、僕の写真? 気に入ってもらえると嬉しいな。特にLadyカワハラには。」

リキ  「ばう。」

サヤ  「リキが怒っちゃいます。」

ミハエル  「おっと。…ダイモン君はどう? こういうのは趣味に合わないかな?」

平太  「うーん…難しくてわからないですよ…。」

ミハエル  「はは。そうか、残念。 2人は、これからどうするの?」

共由  「サンルームに行ってみようかと思います。蒼次郎さんにお会いしたいと言うので。」

ミハエル  「あー…蒼次郎さんか…じゃあ、僕は行かない方が良いね。」

共由  「…そんなことないですよ。」

ミハエル  「いやいや、気を使ってくれてアリガトウ。
でも、まあ今回はLadyたちのお供をするのはやめておくよ。…じゃね。」

WC  と、2人にウインク。

平太  「お邪魔しました。」

サヤ  「どうも。」 

 
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