サヤ
「鳴海さん、ミハエルさんはこちらにいることが多いんですか?」
共由
「ええ。ああ見えて仕事熱心な人ですし。」
サヤ
「(じゃ、何か聞きたい事があったら、あとで来よう。)」
平太
「(うん。)」
WC
そして3階。
件の、紅簾の間の前には、明らかに官僚とわかるスーツ姿の男たちが立ち、ひそひそと話している。
共由は彼らに会釈し、そのまま窓沿いをサンルームに向う。
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サンルームは、広いフロアの一部を仕切りで切り、窓を大きく取って採光を良くした、オープンテラスのような趣の場所だ。
そこに置かれたテーブルに、黒衣の麗人と、初老の男性が掛け、熱心に何かを話している。
黒衣の女性、詠歌が顔を上げる。
詠歌
「あら? 大門君と、川原さん。」
平太
ぺこ。
「お邪魔しても大丈夫ですか?」
WC
それを聞いた初老の男が立ち上がり、手を差し出しながら言う。
蒼次郎 「かまわないとも。
吐月蒼次郎。兄の手伝いで、会社の経営なんかに口を出している、隠居間近の老人だよ。
よろしく。」
平太
「大門平太といいます。」
サヤ
「川原沙夜です。よろしくお願いします。」
WC
言葉に反して、背はすっと伸び、白髪勝ちの頭髪も、老いよりも貫禄を見せる。落ち着いた雰囲気の男性だ。
平太
左手で握手。
WC
ちょっと眉を上げ。
蒼次郎
「すまない、大門君。気づけなかったな。許してくれ。」
WC
左手で握手。
平太
「いえ、大丈夫です、お気になさらないでください(笑)。」
WC
女性には握手は求めない。
蒼次郎
「災難だったね。こんなに待たされるとは思わなかったろう?」
平太
「え、あ…はい…でも、おいしいごちそうをいただきました。」
蒼次郎
「共由か。」
平太
「そですね(笑)。」
蒼次郎
「喜んでもらえて何より。」
平太
「なにも準備してこなかったので、一時はどうなるかと思いました。」
サヤ
「そうですね。聞いていた時間より、大分歩きましたし。」
蒼次郎
「はは。不便だろう?
暮らしている分にはそうでもないが、客人には迷惑ばかりかけるよ。」
平太
「こういう事ってよくあることですか?」
蒼次郎
「そうでもない。もともと、ここに用があるのは、それなりの地位や立場のあるものばかりだからね。
何らかの形でアポを取ってくるのさ。こっちはそれを調整すれば良い。」
サヤ
「そうですよね、お約束もなく失礼しました。」
蒼次郎
「いやいや。君たちのような、本当のお客さんにこそ、ちゃんとした対応をできなければいけないのにね。」
サヤ
「こちらのお屋敷は、どれくらい前から建っているものなんですか?」
蒼次郎
「詳しくは知らないが、この館がこの形で建ったのは、大正の終わりくらいだと聞いている。
まあ、吐月の屋敷自体はもっと昔からあったらしいがね。」
サヤ
「長月館も同じような造りになっていると伺いましたが、同じ時期に建てられてたんですか?」
蒼次郎
「ああ。そうらしいよ。
…そうか。君たちは、GRSの人だったね。なるほど…。」
平太
「はい。その長月館の事を調べに来たんです。なにか最近、長月館で変わったことありましたか?」
蒼次郎
「いや、すまない。こことあそこは、交流はないんだよ。」
平太
「そですか…。」
蒼次郎
「屋敷が同じものらしい、と言うだけでね。」
平太
「距離も遠いですしね。」
蒼次郎
「はは。直線だと、そうでもないがね。歩けば1時間じゃすまないからね。」
サヤ
「でも、もともとこちらの建物ですよね?」
蒼次郎
「ああ。権利だけは、ね。」
サヤ
「鍵もこちらにありますし。借りていた人と会う機会とかはなかったんですか?」
蒼次郎
「実は、私はそのあたりに詳しくなくてね。兄に聞いてくれると助かるな。」
サヤ
「あ、わかりました。でも、仲介業を介すことが多いですよね。」
蒼次郎
「あの館に関しては仲介ではないはずだよ。完全に吐月の不動産だね。」
サヤ
「そうなんですか?」
蒼次郎
「と、言えるのはそこまでで、詳しく突っ込まれると弱いのさ。
私の仕事は、系列会社の管理。しがない事務屋だからね。」
サヤ
「いえいえ。ありがとうございます。」
蒼次郎
「そのあたりの決済は完全に兄のものだよ。『家』のことは当主に聞くのが一番、と言うわけだ。
…さて、柏陽の手が空くには、もう少しかかると思うが、懲りずに待ってくれると嬉しいよ。」
平太
「じゃあ、やっぱり待つしかないですね…。」
蒼次郎
「本は好きかい? 書庫に行ってみたらどうだろう。」
平太
「読んでたら眠くなりそう…」
蒼次郎
「はは。なるほど。君は運動の方が得意かね?」
平太
「はい、運動得意で、勉強苦手です(笑)。」
蒼次郎
「なるほど。得意なことが1つあれば十分だ。無理には勧めないよ。」
WC
と、微笑む蒼次郎の雰囲気は、なるほど人を使うことに慣れている、と感じさせる。
詠歌
「じゃあ、外でも散歩してきたら良いわよ。」
平太
「じゃあ、そうします。」
詠歌 「日が暮れる前には帰ってくるのよ?
共由君のおいしいご飯を食べ損ねちゃうからね。」
平太
「それは帰ってこないと!」
共由
「詠歌さん!」
詠歌
「良いじゃない。おいしいものはおいしい。真理よ。これって。」
平太
「あ!そだ!…この辺に宿泊できるところありますか?」
蒼次郎
「ん? 泊り?」
平太
「宿泊先決めてないんですよ。」
蒼次郎
「鍵を受け取りに来ただけじゃなかったのかね?」
平太
「鍵を受け取っても、屋敷で寝ていいのかわからないから…このまま滞在して、屋敷を調べる予定なんです。」
詠歌
「止めときなさいよ。あっちは廃屋みたいなもんよ。うちに泊れば良いじゃない。」
蒼次郎
「そうだね。」
平太
「えー! ご厚意はありがたいんですけど…いいんですか?」
サヤ
「いやいや、そこまでは。申し訳ないです。」
蒼次郎
「待たせてしまっているのはこちらの手落ちだ。そのくらいはさせてくれたまえ。」
詠歌
「客間だって、共由君がいっつも掃除してるのよ?」
平太
「…おことばに甘えちゃう? さやねぇ。」
詠歌
「だあれも泊りになんてこないから、共由君、かわいそうなんだから。」
共由
「はは…」
蒼次郎
「最悪、そうだな。横浜の方に、ホテルを取るが。」
平太
「宿泊させて頂けると、すっごい助かります。」
サヤ
「では…、せめて晩御飯とか朝ご飯とかお手伝いしますから!」
共由
「いやいやいやいや。お客さんがそんな。止めてください。」
WC
と、慌てて共由が。
サヤ
「これでも料理はちょっと自信あるんですよ。」
共由
「いやそういうことではなく。」
詠歌
「ま、『吐月の人間がお客さんに皿洗いさせた』なんてのは、むしろうちの恥なわけ。」
サヤ
「ではでは、本当にお言葉に甘えさせて頂きます!」
平太
「お世話になります!」
共由
「わかりました。では、お部屋を用意いたします。お2人は、ご自由にお寛ぎください。」
WC
共由は、一礼して去る。
平太
「じゃあ、ちょっと外行ってくるね。」
蒼次郎
「ああ、行ってきたまえ。」
サヤ
一人で?
平太
「さやねぇもいく? 本もあるみたいだけど。」
サヤ
「う〜ん。本も気になるんだよね。私は。」
平太
「一緒に行ってもいいけど、寝るよ俺。」
サヤ
「そだよね。じゃ、私はちょっと書庫行ってくるよ。」
平太
「じゃあ、外へ行ってきます。」
詠歌
「気をつけるのよ〜?」
平太
「はーい。」
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