虚空の翼

◆2話 ◆

うつつにうつるはまぼろしの
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長月館
 
【アトリエ】

WC  アトリエ。 芍薬の木札がついた鍵を使い、扉を開く。
吐月館の其処とは異なり、イーゼルやカンバスが立ち並び、描きかけの絵が並んでいる。
絵の具のにおいが充満し、ちょっと息苦しい。正面にはやはり仕切りの壁があり、奥は見渡せない。
絵画の道具の散らばり具合から見て、しばらく前までは誰かが使っていた事は明白だ。

平太  絵は風景?人物?

WC  色々。風景もある。人物(肖像ではなく、俯瞰視点で)もある。抽象もある。

平太  じゃあ、人物に重点を置いて。女性の絵を抜き出していく。

WC  個人を描いた作品はない。

平太  絵柄は?暗いか、明るいか程度でもいい。

WC  デッサンでしかないのでわからないが、あえて言うなら「叩きつけるような」。 
善悪はなく、明暗もない。何か噴出すものをただカンバスに載せた。そんな印象だ。

平太  じゃあ、奥の方へ行ってみる。

WC  仕切り壁の先には、イーゼルもカンバスもない。 
しかし。 正面の壁、その一面を使って。 壁一面をイーゼルにした大きな絵が架けられている。油絵、だろうか。
宇宙、夜空? 5羽の鳥が、空にぽっかりと空いた、空虚な闇の周りを飛んでいる。
鳥たちは、楽しそうにも、今にも闇の中に落ち込んでいきそうにも見える。不思議な寒気がする。 
濃淡、明暗、起伏、それらを満遍なく使って描かれた、巨大な想いの塊。そう見える。

平太  鳥の色は同じ?

WC  同じといえば同じ。違うといえば違う。

平太  近寄って、それぞれの鳥を見ていく。

WC  茶と白をベースにえがかれた鳥は、明暗、濃淡によって不思議な色相を見せ、全く異なるようにも、全て同じようにも見える。
夕暮れの空の色を言葉にできないような。

サヤ  闇って黒い丸が中央にある感じ?

WC  そう。日輪のような丸。真円ではなく、揺らめく輪郭を持つ黒。

サヤ  だね。この部屋の絵は全部同じ人が書いているような印象を受ける?

WC  受ける。

サヤ  ちなみに、誰だっけ吐月館でアトリエ使ってた人。

平太  外人の人。

WC  ゴシック退廃美写真家。

平太  人形の写真だね。

サヤ  そっか。じゃいいや。とりあえず、戸棚とかもないのよね?

WC  「こちら側」にはない。

平太  カンバスの裏とか見る?

WC  このサイズの絵画は動かせないよ。

サヤ  ドア側ならあるの?

WC  絵の具や筆の入れられた戸棚があった。

サヤ  じゃ、その中をとりあえず探す。鍵はないかな?

WC  カンバスの布とか、使ってないイーゼルとか、名も知れぬ絵の道具類がぎっしり入っているが、鍵などの気配はないね。
ドア側に来るとわかるが、あの絵画の近くは、確かにもの凄い、揺らめく炎のような「なにか」がある。 同じアトリエでも空気が違う。
芸術は、そういうものを人に知覚させやすい。その「知覚」も、五感のどれと言えるものではないので、なんとも説明しにくいが。

サヤ  自分で何かその空気を感じてみることはできるのかな? 
何を伝えたいのか、とか? <星戟>使って、とか。

WC  空気自体は感じるけど、何かを「伝えたい」といった類ではないね。 
あえて言うなら、紅簾の間のそれに近い。…「なにかがあった」。

平太  お香ですか…。

サヤ  ですかね。

平太  やってみる?

WC  <星戟>を用いることで、それが「気のせい」なのか、「怪異などの残留」によるものか、の区別はつきやすい。
しかし、<星戟>そのものには、残留思念的なものを解析する性能はない。

サヤ  そっか…。でもやるだけやってみるよ。お香はその後で。

平太  おけ。

サヤ  ま、今まで何個かお香使いたいポイントあったけど、ここからでいいのかな? とも思ったり。

平太  いいと思うよ、使うポイントはいいけど、出てくるモノがやばそうだよね(笑)。

サヤ  うんそれもある。

平太  まあ、いつかは使うんだしね。

WC  では、<星戟>によって研ぎ澄まされたサヤの感覚の片隅に、確かにここに「なにかの残滓」の反応がある。

リキ  「ばう。」

WC  リキが、叡智をたたえた瞳で絵画を見つめる。

サヤ  お〜〜、ついにお香の出番ですか?

平太  行きますか。じゃあ、お香をたきます?

サヤ  お待たせしました! では焚きましょう!!

 
WC  香の煙がゆっくりと周囲を包み込んでゆく。 
乳香のそれに似た甘やかな香り。 安息香類が揮発し、静かな酩酊を誘う空気が空間に満ちてゆく。

ふと、香の煙に、霞むように、けぶるように、長い髪を頭のてっぺんに近くで結った女性の影が映る。 
女性は、床に立てられたイーゼルとカンバスに向かって、黙々と手を動かしている。 
と、女性がぴくんと飛び上がり、後ろを振り向く。音は聞こえないが、声をかけられたようだ。 
つられて振り向くと、その方向にも、煙に映る影。 声をかけた当人だろう。ふくよかな女性の影がある。 
2人の女性は、カンバスを前に会話を始める。 明るい笑い声が響きそうな談笑。

ふと、影が乱れ、きえる。と思うと、少しはなれて、壁の巨大な絵画の前。 ふくよかな女性と、髪の長い女性が、大きな壁画の前に立っている。
 髪の長い女性が、ふくよかな女性を構図に、壁画に何か描いているようだ。ふくよかな女性が何かを話す。 
髪の長い女性は首をかしげながら手を動かす。ふくよかな女性が少し笑う。

再び、影が乱れる。 髪の長い女性が、壁に手をつき、そこにかけられた絵画を手のひらでなぞっている。5羽の鳥を順に。 ゆっくりと、時間をかけて。
何かに執着するように。何かを振り切るかのように。 やがて、決然とした雰囲気で顔を上げ、部屋の出口に向かう。

へーたのうなじに、チリチリとした不安が。

平太  警戒しておくよ。ちょっと壁際にでも下がっておくか。
 「さやねぇ…なんかいやな感じがする。」

サヤ  へーたんの様子を気にして私もちょっと警戒。

WC  と、髪を結い上げた女性の影が、君たち2人を認識したようにたちどまる。

平太  びく! 目が合う?

サヤ  「気づいた??」

WC  影は、影。どこを見ているかなど、わかるはずもないのだが。 
しかし、ふと周囲を見れば、きみ達に重なるようにもう2つ、形の判然としない影があり。 
髪を結い上げた女性は、その影、つまりきみ達に向って、身構える。
指に、20〜30cmの棒を3・4本挟み。

平太  構えるよ。

WC  そして、過去の影は、うつつに手を伸ばす。

サヤ  同じく。

WC  収束する赤の霊力。女性は、棒の一本を振り上げ…! 戦闘です!

平太  ぎゃー。
 
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